テキストマイニングの手法

顧客サービスの現状と課題

  前章において、マスマーケティングからワン・トゥ・ワンマーケティングへの変革について触れたが、現状はまさに変革の途上にあって、様々な矛盾と混乱に満ちている。「嗜好の多様化及びライフスタイルの多様化に対応する」と言う大義名分の名の下に、必要性が疑わしいまでの複雑な商品群やサービスプログラムが提供されており、この様な傾向は食品、家電から保険等の金融商品に至る多くの分野に及んでいる。低成長期にあって、企業間の競争が激化の一途を辿っているとは言え、こうした無原則な商品・サービスの多様化傾向に対して、素朴な疑問が湧いてくる。つまり、こうした多様化は企業の採算性の悪化を代償として提供されるものであるが、「消費者の満足度向上に本当に役立っているのだろうか?」
 先行する米国では、こうしたリレーションシップ・マーケティング(注4)が巻き起こした問題が広範囲で発生しており、「顧客の信頼」とは何か?及び「顧客の信頼を取り戻すアプローチ」とは何か?が問われている。(参考文献4)

注4:リレーションシップ・マーケティングとその問題点(参考文献4:1998)
 顧客と企業がより密接な関係を構築し、長期間に渡ってその関係を維持・発展させる事を目指したマーケティング手法で、CRMの中核となるもの。これを実践する際に、企業サイドはできるだけ詳細な顧客情報を入手しようと躍起になり、あらゆる顧客のニーズや嗜好に合わせると共に、考えられる限りのサービスを提供しようとしてしまう。こうした多岐に渡るサービスは、IT技術を駆使して展開される事となるが、「顧客不在のサービス」であるとの指摘もされている。

<リレーションシップ・マーケティングに対する顧客の反応>
1、ダイレクトメールが毎日十数通届くが、全く見ずに捨てている。「プレミアムを差し上げます」と言われても、どれも大差なく全く興味が沸かない。単に迷惑なだけで、企業イメージを悪化させる事には貢献しているようだ。
2、いつも同じ会社のサービスを使っているのに、あと少しでプレミアム会員になれないために特別サービスが受けられない。目の前でそんな差別をされて、全く腹が立ってしまい、別な会社に乗りかえる事にした。
3、余りに類似製品が多く、選ぶ事もできない。頭痛薬だけで70種類もあって、何を基準に選んだら良いか全くわからない。店員のアドバイザーに聞いても、違いが全く理解できないで途方に暮れてしまった。

 元来、ワン・トゥ・ワンマーケティングとは顧客一人一人の多様なニーズに対し、IT(Information Technology)技術を駆使して、きめ細かに対応する活動を指すが、注4に掲げるこうした問題が発生する最大の原因は、企業側がより多様な商品・サービスを提供しようとする活動に対し、顧客側からのフィードバックが不十分である事によると考えられている。つまり、企業が闇雲な多様化に走る傾向を止められないのは、企業と顧客間の情報の交流が元々「一方通行」であり、顧客の反応や顧客の声を聞く手段を持っていないからである。表2-1に、これらの問題が発生する原因と対策をまとめる。(表2-1:現状のリレーションシップ・マーケティングの問題点と対応策)

表2-1:現状のリレーションシップ・マーケティングの問題点と対応策

No 現状のリレーションシップ・マーケティングの問題点 対応策
1 多様なサービスが企業側の一方的な論理で提供され、顧客の満足を得ていない。「顧客の声」を聞いていない。 「一方通行」であった情報の交流を双方向にする。「顧客の声」を一元的に収集・分析して、迅速に対応する。
2 個々の顧客ニーズに対応する余り、商品の選択肢が増え過ぎてしまい、選択自体を困難にしている。 顧客行動を、全体的かつ包括的に捉えた商品展開とそれに対する「分り易いガイダンス」が必要

 特に、顧客サービスの観点から見て重要な点は「顧客の声」を聞くと言う大原則を忘れている事にあり、この報告書(参考文献4)においても、米国での実態として以下の様な事実が指摘されている。

1)顧客サービス部門にかかってくる電話は最高の資料を提供してくれるのだが、たいていの企業はマーケティング資料としては利用していない。皮肉にもコスト削減のためにフリーダイヤル・サービスや顧客サービス業務をアウトソーシングしている企業がほとんどである。

2)www(World Wide Web)は、情報源としてもっと活用されるべきである。マーケッターが直接干渉する事なく、ディスカッション・グループを設ける事が可能で、そこで交わされる会話から「顧客の本音」を見つけられる事が多い。

顧客の信頼を獲得する

 日本においては、これほど極端ではないにしろ「顧客の声」に対する取組みを、より戦略的かつ組織的に実行して行く必要がある事は明白であろう。元々、マーケティングとは主として新規顧客の獲得を目的とする活動であり、サービスは既存顧客の満足度向上を狙いとする活動であるが、一般の企業において企業収益の大部分を既存顧客に依存している現状から見れば、顧客サービスこそが企業収益の根幹を握っていると言っても過言でない。
 例えば、購入した商品に多少の不具合があったとしても、それに対して誠実な対応をしてもらえれば顧客は大いに満足し、その企業への信頼は非常に高まる事になり、次回以降も同社の製品を買い続けたいと考えるものであり、このプロセスは如何なる事業分野でも共通である。実際、「不満が解決された顧客は、不満がなかった顧客よりも再購入の比率が高い」(参考文献5)のである。(残念ながら、この事実についての認知度は高くない。)つまり、「苦情とその解決」と言うプロセスは、顧客と企業で生ずる「ほぼ唯一かつ直接的な交渉体験」であり、顧客にとってはその体験が企業評価と直結する事になるのである。しかも、

不満を持った顧客は、平均8人から10人に不満を言いふらす。 不満を持った顧客の5人に1人は、20人に不満を言いふらす。(参考文献5)

のであり、顧客のクチコミ効果は企業の広告効果の2倍以上であると言われている。

 また、どの企業でもロイヤル顧客と呼ばれる人々には、最上のサービスを用意しているが、ロイヤル顧客への育成プログラムを持っている企業は少ない。注4に挙げた例に示す様に、差別的顧客サービスは両刃の剣であるため、貢献度に応じた段階的なインセンティブの提供を長期的視点で継続的に実施する事がポイントである。つまり、顧客サービスの充実により、ロイヤル顧客の予備軍を組織的かつ持続的に育成してゆく事が企業活動の長期的安定を実現する最重要戦略であると考えられる。

 即ち、こうした顧客サービス活動は「地道な顧客獲得活動」そのものであり、新規顧客の獲得と同等以上の収益を企業にもたらしている事実を再認識する必要がある。つまり、テレビコマーシャルの様に派手で高価かつ効果の不明なプロモーション活動と、コールセンタやサービス部門を中核として実施される「草の根活動」とを天秤に掛け、その重要性や経営への寄与度を再検討すべきであり、それに基づいて経営戦略を(経営資源の配分を含めて)大きく見直す必要がある。
 今後は「顧客を重視」しない企業は生き残れない事が、多くの事件を通じて明白となっている現在、「顧客の信頼」をダイレクトに獲得する方法として、「顧客サービス」が極めて重要な活動である事が改めて認識され、重点投資されてゆくものと思われる。これまで、「顧客サービス」部門は後方支援としての活動が主体とされ、企業活動の表に出る例は少なかったが、CRMが企業活動の基本方針として採用されたと同時に、バブル経済が崩壊して「顧客の信頼の獲得」こそが、ビジネスの基盤である事が再認識された事から、企業の最重要戦略を日々実践する中核組織として位置付けられる様になったのである。
 また、本章での主題は「顧客の声への迅速な対応」にあるが、表2-1に示すもう一つの課題である「選択肢の過剰」に関しては、本質的に「顧客不在」であり、マーケティングの基本にも関わる問題として見逃す事は出来ない。例えば、保険商品に代表される理解不能なまでに複雑怪奇な商品体系とは一体何なのか?また、デジタルテレビでの多くの機能は実際に誰にとって必要な機能なのか?アナログとデジタルの移行期にあって、行政の混乱を反映している点を割り引いてみたとしても、単に消費者に困惑を与えるだけであり、「分り易さ」=「意志決定の容易さ」=「市場の拡大」を理解しているとは到底考えられない。顧客にとっての利便性、満足感とは一体何であるのかをトータルで見直す事が必要であると考えられる。

(2019.05.08 公開)

本コラムは、2002年リックテレコム社出版 石井哲著作「テキストマイニング活用法 顧客志向経営を実現する」から引用しています。
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