テキストマイニングの手法

これまでのまとめと現状認識

日本を含めて主要国の経済状況は不調を極めている。バブルが崩壊し、企業経営の大枠が変わろうとしている潮流の中で、米国でのアンダーセンやエンロン、日本における日ハムや雪印等での相次ぐ不祥事により経営の根幹が一気に崩れ去る企業も続出している。こうした今、企業経営の原点に立ち戻り、経営基盤とは何であるかを再度確認する事が急務であると考えられる。
その答えの一つが、「顧客」と「従業員=知識」である。本書では「顧客の声を経営に生かす」事をメインテーマとし、それを実現する基幹技術としてのテキストマイングについて、これまでの経験をベースとしながら、解説を行なってきた。特に、顧客を囲い込む上では、「顧客の信頼」を獲得し、維持しつづける事をどの様に実現するかがキーポイントであり、その方策として「顧客志向経営」と「顧客サービス戦略本部構想」を提案し、飽満の時代から質実の時代へと向かう経済状況における新たな経営視点を提示してきた。

 すでに、先進企業においては、こうした新しい経営戦略の下で、顧客重視を実践するための情報システムと実業務が稼動を始めており、従来にない視点による肌目細かな成果が日々生み出されている。また、この様な活動は製造業を初めとして、金融業、サービス・流通業等においても、ほぼ同時に始まっており、全業種に共通する新しい潮流であると考えられる。

 一方、こうした経営を支えるIT技術とIT業界も、同様に悩んでいる。単にCRMやKMを標榜しても、バブルがはじけ着実な成果を望む企業サイドにとっては、従来の様にツールの導入・構築だけで活用はおまかせと言った、実成果を伴わないシステム提案は、所詮絵に描いた餅であり、乏しい投資を何処に優先すべきかについて汲々としている実務部隊にとっては、何らのメリットも感じられないのが実態である。
つまり、ツールの優秀性やコンセプトの先進性よりは、実務への活用を如何にして実現するのかが、最大の課題であると捉えられる状況となってきており、この点で実務的コンサルティング能力(従来多かったコンセプト吹聴型のコンサルではなく、実務で成果を出せるコンサルティング能力と活動)が極めて重要となってきている。しかも、ここでの対象となる実務とは、ホワイトカラー(今や死語となりつつあるが)の日常業務であり、知的生産性の向上を具現化できるものでなくてはならない。その典型的な事例が、「苦情・クレームの分析とその低減活動」や「市場調査でのアンケート分析とプロモーション企画活動」であり、膨大な文書情報を逐一整理する苦渋作業から分析者を解放したと同時に、従来は見つけられなかった少数意見までを詳細に分析する事を可能として、分析作業における質と量の双方を大幅に改善したものである。
但し、この様な実務コンサルティングができる人材とその対象分野は限られているため、一企業にとって見れば、実務とIT技術の両者に精通し、かつ戦略的な視点を併せ持つ提案を実現できるのは、ごく僅かな分野だけに限定されてしまう事になり、これまで継続してきた右肩上りの業績向上を達成し続ける事は極めて困難な状況となっている。

 こうした状況が主要因となって、IT不況が現実のものとなり、過去20年以上に渡って急成長を続けてきたIT業界も、大きな曲がり角にきている。つまり、第2章で述べた様に、IT技術の評価の視点が、「導入と立上げ」から「活用と成果」へとシフトしているために、売り手市場での御用聞き商売から汗と知恵が要る堅気の商売へと、急速に変貌しつつあるのである。上記の様な変化は次の2点に代表される。

①仕組みから実務へ(知的生産性の向上)
②顧客志向へのシフト(社内から社外へ)



つまり、これまでの情報化とは、企業内もしくは企業間の業務(集計や手続き等)をコンピュータ化するものであり、言わば内向きの情報化が主体であったが、90年代に急速に普及したコールセンタの構築が、大きな転機となって外向き(=顧客志向)の情報化投資が行われるようになったのである。それまでは、各現場毎にバラバラに実施されてきた顧客対応業務を集中化し、システム化する事で、初めてマネジメント可能な業務へと変貌させる事ができ、その結果として企業活動における基幹業務の一つとして位置付けられる様になったのである。また、これに付随するCTI(Computer Telephony Integration)システムの導入による顧客情報の蓄積は、導入時の予測を遥かに超える効果を企業にもたらしつつある。

元々個別の問合せの履歴を記録し、次回の問合せ時の参考とするだけの目的で導入されたものであるが、大量の情報が刻々蓄積される事により、全く新しい次元での活用方法が生まれてきた。即ち、この膨大な顧客情報の全体像を分析し、刻々の変化を把握する事で、顧客の言動&挙動の変化をいち早く把握し、新たなマーケティングや業務改善活動に活用するものであり、前述した「顧客志向経営」の中核となる活動である。本書では、こうした活動の実態とこれを実現する基幹技術であるテキストマイニングについて、詳細な解説を行なってきたが、そのポイントである「数値から文書へ」及び「社内から顧客へ」と言う大きなトレンドは、今後さらに強まってゆくものと考えられる。

さらに、90年代の後半では本格的なWeb社会に突入し、Webマーケティングの活用が始まったが、当初のバブリーなビジネス企画や既存ビジネスに取って代わると言った過大な期待はほぼ終焉し、現在はリアルなビジネスとの連携を基本とした活動が展開されている。しかしながら、このWebと言う新しいチャネル(即ち、新しいコニュニティ空間)が持つポテンシャルとインパクトは非常に大きく、従来の企業と顧客との関係が根底から変革されてしまい、突如として全く新しい次元に置き直される事となったのである。その変革は以下の3点で代表される。

①顧客の発言力が極めて大きくなり、企業と対等になった。
②Webを通じて、顧客と企業がダイレクトに交流可能となった。
③顧客同士の自由な意見交流が可能となり、口コミ情報のパワーが大幅に増大した。



また、このWeb社会の動きには、昨今の携帯文化(携帯電話やメールによる無意味とも思える頻繁な情報交換を、主要なコミュニケーションとする文化)も含まれており、ゲーム世代と情報端末とが織り成す新たな行動様式の一つである。この文化の特徴は、特定の小グループ間における緊密な情報交流にあり、旧世代からは自閉症的症状であるとの顰蹙を買っているのも事実であるが、口コミ情報の重要性が飛躍的に高まる条件が揃っている。 
  いずれにしても、新しくかつ広大なコミュニティ空間が生まれており、その空間を居心地が良いと感ずる若い世代が台頭している事は、まぎれもない事実である。今後、企業としては、こうした「Webコミュニティ空間に存在する顧客」に対する新たな戦略と積極的なアプローチが必要となるであろう。

以上の状況は、企業が「顧客」を明確に意識し、それに向かって従業員の行動を方向付けする活動が多方面で始まっており、さらにこの潮流が大きく広がりつつある事から、IT技術もその方向で進化し、システム化される必要がある事を示している。こうした活動が、本書で解説する顧客志向経営であり、それを支える基幹技術がテキストマイニングとなるのである。
「顧客の声」を大量にかつ効率的に収集できる環境とその大量情報をスピーディに処理できるツールが揃った今、それを自由自在に活用する人材とこうした戦略的な視点に立った経営者が育ちつつあり、21世紀における新たなビジネスコンセプトを構築しようとしているのである。
以上の視点に立って、今後のテキストマイニングの将来像を解説したい。

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(2019.05.08 公開)

本コラムは、2002年リックテレコム社出版 石井哲著作「テキストマイニング活用法 顧客志向経営を実現する」から引用しています。
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